「可憐など手の内に握り込んではすぐ折れる」
力を込めずにじぃっと見守ってあげる前置き。
えー、今回はSinilintuさんところのフリーゲーム「蝶」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
1周は数分、余韻は数日、周回必須の乙女向けノベルゲー。要素だけ取ればヤンデレともいえますが、個人的にズシリと重く熱っぽい情念の話と呼びたい感じです。
というわけで良かった点から。
レトロ和風の世界観
ガタンゴトンと揺れる列車が作中の舞台となり、顔を合わせる彼も漆黒の外套に学生帽姿で、全体的に古風な雰囲気です。起動画面からして椿に蝶、花札を思わせる彩度の幕のような模様など、ぱっと見た瞬間に時代背景が伝わってきます。
そして何より、作中画面の構成ですよ! 木枠の乗車席、窓枠の外に見える星空、そして漆黒の出で立ちの美青年……。絵になるとはまさにこのこと。
グラフィック面のみならず、お話の端々に感じられる時代背景も魅力的です。学業が当然とはまだされていない時代、貧困にあえぐ家族や、妻の価値の低さなど。そこがガッツリメインというわけではないので、あくまで触る程度ではありますが、少しの描写で境遇がしっかりと伝わってくる語り口でした。
回想シーンは基本的に黒背景ですが、地の文のじっとりとした描写が美しく、イメージ補強は十分にできました。一面の彼岸花が目の前に広がって見えるような語り口です。
ミステリアスで冷静な相席相手
青年こと征四郎さんの見た目がまたドストライクなんですよねえ!
闇というよりは夜色と表現したくなる、蠱惑的な黒髪赤目。美しい切れ長の瞳に、どこか人を寄せ付けない雰囲気。そのわり、優しく折り目正しい敬語口調で、何度も「お嬢さん」と呼び掛けてくれるところ。もうね、あの、惚れます。
しかも、途中で一人称変化があるんですよ。こういうさりげない、素の自分がにじみ出てしまうような演出、大好きなんです。大好きなんです……!
本作が周回必須となっているところも併せて語りたいですね。
お話を進めれば進めるほど征四郎さんの内情についても語られていき、一時相席しただったはずのあっさりとした関係も、どんどん変わっていきます。
列車内という状況は変わらず、彼の表情も口調も淡々としたもの。だからこそ最後、エンドのルートに入ってからの変化がものすごく刺さるんですよねえ……。詳しくは追記で語りますが、もう、実に萌えました。
合わなかった点
最後に少しだけ合わなかった、もとい惜しかった点。
・終盤の独白
物語終盤、熱っぽく物語に入れ込んで展開が加速していったからこそ、終盤の独白はちょっと減らしても良いかもなーなんて。
足を止めて振り返るための説得力も作りたかったのかなと考えましたが、先行きがない状況なのは回想でしっかり感じられたので、十分かなと。
台詞はステキなんですよ、最高!
あの直前の征四郎さんの言葉とかゾクゾクしました……! 大好き。
・初回のシステム面
セーブロード不可で、お話とシステムが絡んでいるあの構成自体はとても好きです。ただ、Live Maker様はデフォの表示速度がかなりゆっくりなので、文字送りスピードと文字表示速度は調整させてほしかったですね……!
いえ、メニューの一部を封印するのはたぶん技術的に大変なんだろうなという想像はつきます。なので、事前に知っておくとそういうものだと思えるかな、程度の気持ちで書き残しました。
とまあ、こんな感じで。
病みと孤独が感じられるストーリー、レトロな世界観、じっとりと重い感情などが濃厚に感じられる作品でした。とにかくオススメ。今まで出会ってきたフリゲキャラの中で十本指に入るくらいには好きな攻略対象でした。
追記ではネタバレ全開の感想など。
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ネタバレ注意。
征四郎さんがかっこいいんです!!!!!!!!!!!!!
わかるよね、わかります。かっこいいですよね……!
「自分」からふっと「僕」に変わって、物語の全貌が明かされるに合わせてどんどん素を見せてくれて、表情差分も増えていくところがすごく良い。数回だけ見れる、ものすごく喜悦に満ちた表情が、本当、かっこいいんです。かっこいいです。でも最後の仮面は崩さないままの余裕が、もう。もう。好きです。
捕まえてしまう、のあのセリフ回しが大好きなんですよ。後ろから囁いたというあの悪魔的な台詞も好き。
それだけでもう十分に恐ろしくて怖くて魅力的で萌えていたのに、さらにあの、あっちのエンドですよ。
蜘蛛の巣、という言い方がかなり印象に残っています。わかっていて落ちるしかない感じ。主人公も征四郎さんも、私だけを、僕だけを見てくれる誰かが欲しいという気持ちは共通だったんですよね。そこに気付けるような構成になっているのが本当に上手。
共依存と言って良いのか……主人公がその選択肢を選んでしまうことも、回想シーンを通じて説得力があるからなおさら、響きます。飛び込んでくるまでじっと待つ、重く情念を孕んだ征四郎さんの姿もたまらなくて……久々に素敵な夢を見せて頂けました。ありがたいなあ。
一方で、外へ出ていくエンドも素敵でして。
希望に夢見るような流れではなく、諦念も踏まえた上での選択なところがすごく水に合いました。それにあの、二人の別れ際のセリフがまた良いんですよねえ。それに、一時戻っていったとしても、どこかで手ぐすね引いて待っていそうな予感がして、すごくドキドキします。
ガタンガタンと揺れる環境音だけでここまで盛り上がるものかと、改めて筆力と画力に唸らされました。
どちらのエンドも説得力と陶酔感があって、クラクラするくらい魅力的。絶対これは今後も何回も起動してしまうんだろうなあ。もう忘れられない。
息苦しく閉ざされた空間で、うっとりする濃密な時間を味わえた、素敵な作品でした。