「絡めとるその手に、引きずり込まれてしまうのか」
それとも引き上げられるのかな前置き。
えー、今回はJACK IN THE [BOX]さんところのフリーゲーム「蛸」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
エンド分岐有り、乙女向けとはありますが、恋愛より人間ドラマな雰囲気を感じるノベルゲーです。プレイ初めはタイトルが意外だったけど、通してみるとこのタイトルこそが最もしっくりくる作品でした。
というわけで、良かった点など。
じっとりとした夏のイメージが感じられる雰囲気
主人公が例年の如く母の実家がある田舎に“帰ってくる”ことから話が進展していくストーリーです。
初手自分語りしますが私、実家帰りってあんまり良いイメージないんですよ。ぎこちなく顔を合わせて、特段する話題も無いのに場は繋がないといけないみたいな、どろっとした感じが嫌で。
なので、じっとりとした怖さや居心地の悪さの表現がすごく身に馴染みました。おかえり、という言葉や、繋がれる手の優しさ。そこだけを取ってみれば温かくてありがたいもののはずなのに、なんだか抱いてしまう暗いイメージ。沼みたいな雰囲気。すごくすごく、いやあもうどこがどうっていうのを語ると壊れちゃいそうでもどかしいくらいには、すごく上手い雰囲気作りでした。
爆発するまで溜めこむ人間関係
竜彦と友達、主人公と親友とその彼氏、などなど、かなり根深い仲違いが描写されているのも本作の特徴です。ドラマティックさよりも生々しさが際立ちます。
絡まった人間関係の糸をどうほぐすか、あるいはどう切り断つかの話───と、いっても良いもんかなあ。
キャラが人として描写されている印象です。特に主人公周り三人の大げんかのくだりがすごくリアルだなーと思うんですよ! あのね、耐えて頑張って大好きだから皆の仲が修復できないかなってあがいて、ブツッとなんだか全てが耐えられなくなる、あの感じ。正直、もう、見てて逃げ出したくなるくらいに身につまされるところがあって、心がザクザクやられました。
感情が先走って話聞けなかったり、悪いところを自覚しててもなんかついでやっちゃったり、なあなあで流して巻き込まれちゃったり、そういうの。わかるし、おまえが悪いって言おうとしたら誰かに擦り付けることができる、だからこそ全員非があるし誰も悪くないって言いたい感じ……? うーん、生々しかったです。
で、本作の良いなあって思うところは、この生々しさと向き合うところなんですよね。
フィクションってやろうと思えば、全部丸投げして「全員不幸になりました!」あるいは誰かの想いを無理に捻じ曲げて「全員幸せになりました!」、ができますよね。もちろんそういったものも手放しで賛美したくなるんですが……。
本作は人間関係の生々しさが出てるからこそ、すんなりいかない展開に説得力が出るんですよ。泥臭くて変にこじれて回り道して、なんとかかんとか繋ぎ直してやっていくようなやり方。正直しんどいよなー!って思います。もー、コミュニケーションなるものから逃げ出したい!でも、そこを描いてみせてくれるところが、好きです。
エンドタイトルとリンクする背景
なんだか抽象的なところばっかり語ってしまっているので、グラフィック面も語りましょうか。
基本立ち絵はないんですが、それでも見飽きず読ませてくれるパワーがあります。文章力はもちろんのこと、文章の配置などもそうですね。小説っぽい書き方ではあっても字詰めベタ貼りではなく、体裁が整っています。じっとりと緩やかな雰囲気の時は改行多めだったり、追い詰められている時は一行びっしりだったり。
同作者様の他作品でも感じることなんですが、背景画像や文字だけでもこんなに雄弁になるんだなあとしみじみします。
表示形式がオートと相性悪い、などの難点もありますが、Nscripter製でエンド回想があったり選択肢までスキップが未読でも止まってくれたりするのは嬉しいところ。
背景画像は縦帯の形で表示されるデザインなんですが、ここの使い方がとても上手いんですよ。コンプしてくれた方には通じるはず! それに、ああいうデザインをされていることで、ねえさんへ依存している竜彦の視野の狭さも感じられて好きです。
とまあ、こんな感じで。
舞台や設定はかなり暗いけれど、その暗い沼に片足突っ込んでなんとかかんとかもがいていくお話、というイメージでした。
姉に依存する従弟、ドロドロ人間関係、田舎の閉塞感、みたいなものにピンとくる方向けです。
追記ではネタバレ感想を少しだけ。
同作者様の他フリーゲーム感想記事↓
ネタバレ注意。
伏字無しで一気に書きます。
エンドの演出最高でしたね!!
佐原君と竜彦の対比が凄く好きでした。
初め、竜彦の方が爽やかな青なのがちょっと意外だったんですよ。でもよくよく考えれば、どろりとした一途で閉塞的想いから解き放たれる竜彦は、あのスカッと広い青空が合うなあと思うし。冷たいと思っていた佐原君の、温かさが表れているからこそ、あの橙の空なんだろうし。いやー、もう、上手いなー!好きです。
あの二つのエンドだけではなくて、作品全体を通した魅せ方も良いですよねえ。
水の底みたいなタイトル画面から始まって、彩度低めの本編を通すからこそ、付録(おまけ)画面の鮮やかさが光るよなぁと思います。そこからさらに一段、SideTで仄暗さを見せてくれるところも好き。
いやほんと、どのキャラも多面的なんですよね。
美しい青空と、あの終末感漂う鮮烈な空と、両方持ってるのが竜彦なんでしょうし。佐原君視点の主人公と本編の主人公は、またちょっと違って見えますし。そういう、キャラが一属性じゃないところに重きをおいて描写されているように思いました。
竜彦の想いを「今は気の迷いだ」って全否定するんじゃなくて、今の君にとってその気持ちは本当なんだろうけれど、って前置きしてくれるところも、優しくて苦しくて好きだったなあ。
余談として、驚いたのは「かすがい」(だったかな?)の母親の発言。
竜彦との交際一歩先を匂わせるような発言なんですが、冗談とはいえそのセリフが母という立ち位置の人から飛び出てくることに心からぎょっとしたんですよね。初エンドがここだったのでなおさら。で、他のエンド等を経由してあのセリフが出てくることに納得はしましたが、それをさらっとギャグ調に流せる主人公もなかなかすさまじいなと思いました。
この辺りのちょっと鈍感?抜けてる?感じが、佐原君視点のハラハラ感にも繋がってるんだろうなあ。
田舎でのじっとりして下品な性的な噂の生々しさをしっかりと描写しつつ、一度内に入ってる人にはさらっと冗談で流しちゃう辺りのアンバランスさも、「人間関係」を強く感じられて好きです。発する言葉がどこから出るかによる、みたいなあれ。
性的嫌悪感があえて押し出される描写自体はかなり好きなので、思わぬボディブローに動揺しました。好きです。
つれづれ書いたけど、思うところはだいたいこんな感じかな?
単純なヤンデレ依存ものというわけではなく、うーん、やっぱり人の面倒くささみたいなところをきちんと解きほぐしていく話だったなあと、思います!