「何十の目が向いていたって、あなたがそっぽ向いてちゃ意味がない」
君だけが欲しいなんて寂しすぎるな前置き。
えー、今回はへもへもさんところのフリーゲーム「ドライエック」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
主要人物3人の視点で進む、恋愛ノベルゲーム。非乙女向けとありますが、女性向けではある気がしています。
というわけで良かった点など。
鬱の一歩手前で踏ん張る、ままならなさのお話
まず書いてしまうと、衝撃的なシーンがかなりあります。ドロドロと底意地悪い感情も描かれていますし、リアルさにウッとなるシーンもあります。
が、驚かされることに、読みやすいという印象もありました。読んでる側のストレスを最大限に軽減したうえで、彼らの物語と心の傷へスポットが当てられている感じ。鬱展開って多かれ少なかれ心に刺さる部分があると思うんですが、他の鬱作品によく感じる「理不尽さ」「話を聞かない苛立ち」がほとんど無かったんですよね。
これは香枝ちゃんの功績が大きい気もします。彼女が言うことを言えずに泣き寝入りしてしまう性格だったら、鬱よりも怒りのほうが強くなって(もちろんそれも別の楽しみ方ができますが)、フラットな気持ちで彼らを見つめられなかったんだろうなと……。香枝ちゃんがぐっと腹に力を込めて物を言える子で本当に良かった。
また、「読者を虐めてやろう」「コイツにこんな酷いことをやってやろう」みたいな厭らしさもなく、あくまで「ままならない」「やりきれない」からこそ起こる酷い行為が多かった気がします。前者に振り切ると鬱というよりB級ホラーな楽しみ方になるので、少なくともこの3人を中心とする物語には合わなかったかなと。だから、作品の方向性を決めてしっかりと留めるところは留まっている作品だと強く思います。
まとめると、シリアスや鬱というよりは、人間ドラマ。
バランス感覚がすごく良い作品でした。
嫌なものを直視させることを躊躇わないスチル
前述の通り、あの3人の内情を丁寧に描いている作品なので、キャラの気持ちが折れかける展開も誠実に書かれています。
その手法としてかなり効果的に使われているのが、スチルと立ち絵!
香枝の例の黒背景なシーンとか、礼への初めてのおねだりのシーンとか、もうね、呻きました。心に刺さる、辛い……!
でもこうやって目に見えて、ある意味滑稽な辛さが突きつけられるからこそ、感情移入もしやすくなるし、キャラを身近に感じる気持ちが最高潮になるんだと思うんですよね……。
こういった暗い部分も余すところなく光を当てて見せつけることで、逆に、その後の変化もしっかり見せてくれる手法だよなあと思います。隠したまんまじゃ光るものも見えなくなる、みたいな。
視点の違い、見え方の違い
導入の3視点がもう凄いんですよね!!
詳しくは追記に隠しますが、プレイ前とプレイ後で印象が全員ガラっと変わりました。なんだろう、当然そうまとまるしかないんだけどその過程は彼らにしかないものだった、みたいなところが素敵なんです。伝わるかな。伝わってくれ。
印象が二転三転するけど、キャラの根幹の性格自体は変えたくたって変えられないものだから、一本筋に見えるんですよねぇ。3視点というのもありますがそれ以上に、読んでいるこっちの見え方も変わる不思議な感覚を味わえました。
とまあ、こんな感じで。
いつも以上にふわっとしたことしか語れていませんが、巧妙で素敵なお話なのは確かです。便宜上一応ヤンデレ分類タグも付けますが、もっと違う恋の話という気もしました。
現代日本、妄信と葛藤、好きな人への執着と他者への無関心などにピンとくる方へ。
追記ではネタバレ込みの感想など。
同作者様の他フリーゲーム感想記事↓
ネタバレありです。
視点の変換について
繰り返しますが導入ですよ!
Kで甘酸っぱい青春話と見せて、Rで世知辛くて大人な本音を見せて、Mで異常を見せて……。視点が変わるだけで作品の色がガラッと変わり、またKに戻ってきてももう以前の見方はできなくなって、キラキラ青春以外の何かが始まっていくんだろうなと思わされるんですよね。この、視点の変化に応じてプレイヤーの覚悟も決まっていくこの感じ。これからの予感をさせてかつ初手全速力を決める導入がめっちゃ美味かったです。
で、それだけで終わらないのがまた震えるところでして。
一枚一枚捲って皆の本音を出しきって、あの全部が一度壊れてしまった後、修復されていくシーンも上手いんですよねぇ。
香枝をないがしろにした礼と同じことを、瑞穂だってクラスメイトにしているし。
K視点でお酒の話が出ることで、礼だってまだ大人じゃないんだと間接的に改めて教えてもらえるし。
そういう、今まで視野狭窄だった部分がちょっとずつ開いていくからこそ、あの大団円のように見えるおしまいも受け入れられる気がするんです。決してご都合じゃない、でも許せないところもあって、受け入れるための妥協点捜しを努力したような終わり方。すごく納得感のあるハッピーエンドでした。
3人の視点を切り替えていくという構造以上に、プレイヤーの見え方の切り替わりをものすごく感じる作品だと思います。
フィクションだからと俯瞰して見ていた視点が、彼らもリアルな人間として描かれているんだと気づけるような視点に代わっていく感じ。本当、興味深いプレイ感でした。
謝るという暴力について
私、瑞穂の言った「きっと私が悪い? ねぇその酷いこと言われてるけど反省する健気な私演出止めてくれない?」ってセリフが大好きなんですよ。
確かにあのシーン自体は酷いし、本人が反省しているみたいに良くなかったことなんですけど、この感覚自体はとても共感できるものだなあと思います。
謝るっていうのは暴力の面も兼ね備えていると感じていて。謝られた時点で、被害者は相手を許さないと加害者にすり替わってしまうじゃないですか。この辺りがとてもずるいなあって思うし、暴力だよなあって思うんです。
でも、謝る気持ち自体は尊いことなのも確かなんですよね。そこはわかっているけど、受け入れられない時どうしたらいいのかな、とも思っていて……。
だから、私、終盤の香枝の態度がとても好きなんです。
礼が一生懸命言葉を尽くそうとしていたけど、彼視点のモノローグにもあったように、あの謝罪って彼自身が罪悪感を(嫌な気持ちを)抱いているからこそ出てくる言葉で、「傷つけてごめん」の裏に「許されて忘れたい」もあるような邪推を感じてしまうんですよね。
だから、香枝が何を言われても「許す」とだけは言わなかったのが、本当に大好きなんです。
笑ってるしばんそうこうあげるし、決して憎んではいなかった、幸せを想う気持ちだって本心だと絶対思うんだけど、それはそれとして大事な一歩は譲らずにいてくれて良かったなあって。
気持ちの上で許していたとしても、軽率に言葉にしたくないことってあるじゃないですか。だって悔しいもん!
この辺りの境界線を大事にしてくれる作品だなあと思います。
と、語りたいシーンはこのくらい。
価値観やバランス感覚がよく合う印象の一作でした。