「誰一人として悪くない物語は天災と呼べるのだろうか」
無作為に世界が滅びかねない前置き。
えー、今回はNovectacle(ノベクタクル)さんところのフリーゲーム「霧上のエラスムス」とその関連ウェブ小説2作の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
かの有名なシェアウェアゲーム「ファタモルガーナの館」と全く同じキャラを全く違う物語とほんのり絡む関係性で描いた、一本道ノベルゲーム。
作者様こそ違いますが、「図書館のネヴァジスタ」のTARHSさんがされているエコノベルシリーズと同様。もっと間口を広げた言い方だと「スターシステム」かな。でもせっかくなので既にブログで取り上げた例を挙げてみました。
とにかく、単品でも楽しめる濃密なノベルゲームです。
が、私はうっかりファタモルのほうを先にプレイしている身なので、その視点で語らせて頂きますね。ファタモルでエラスムスのネタバレがあるので、どちらも未プレイの方にはエラスムス→ファタモルの順をおススメします。
おまけSSの感想については追記に畳んでおきます。そちらだけ見たい人はくるくる下へスクロールどうぞ。
前置きが長くなってしまった。
というわけで良かった点など。
最後まで引き込まれるストーリー
初めから終わりまで丁寧に謎や気になるポイントを用意してあり、最後まで一気読みしたくなるくらいに先が気になる作品でした。全てコンプしてようやく息を整えられるような読後感。
メルの思わせぶりな態度から始まり、霧の魔女、家政婦は見た、呪いの言葉の意味、などなど。ちょっと気になる点がラストに襲い掛かってきたり、ドンと目の前に置かれた恐怖がプレイしていくうちに虚しさへ変わったりする感じがジェットコースターで楽しかったです。
何を書いてもネタバレになりそうで恐々。
二面性が輝く構成
主人公のメルの序盤・終盤での変化。表と裏の物語。遺伝子の運命が選ぶ人。ファタモルとエラスムス、キャラの関係性と性格付け、等々……あちこちに二面性を感じる構成でした。片方に揺らぎかけたところで、もう片方に惑わされたり、本当にそれでいいのかと問いかけてきたりする流れが良かったですねぇ。
特に私、あの、例の彼が! 彼が何をしたと言うんだ!
初めは「ええ……(引き)」だったのがクリア後には「そんな!(号泣)」に変わる感じがあって、本当、見る目が変わるというのを肌で(文字で?)実感しました。
美麗なグラフィックとオリジナル楽曲
前述のとおり既存作品の立ち絵を流用した作品ですが、元々クオリティが高く、目に見えて豪華な画面になっています。また、この作品限定のスチルもいくつか用意されており、何より演出が素晴らしい出来でした。
楽曲がオリジナルなのもこのころから。ファタモルでお気に入りだったネリーの曲の、アレンジ?原型?みたいなのが聞けてとっても嬉しかったです!
とまあ、こんな感じで。
耽美寄りの綺麗なグラフィック、どうにもならないやるせなさの残る鬱展開、認識や気持ちを揺らがされるストーリーなどが気になる方におススメです。
追記ではネタバレ感想など。
同作者様の他ゲーム感想記事↓
フリーゲーム「おやばけ!」「おやばけ!2」「キャロットケーキ人格シャッフル事件」「薔薇と椿とファタモルガーナ」感想
ネタバレ注意。
同作者様の他作品である「モーテ」「ファタモルガーナの館」のネタバレも含んでいますので注意!
同作者様のラノベ作品「モーテ」との共通点
私実はシナリオライターである縹けいか様のお話に初めて触れたのって、ラノベの「モーテ」なんですが、このエラスムスはかなりモーテに近い構造をしてるなあと感じました。いやまあ、公開時期として考えると逆なんですが、私が触った順として。
というわけで思いっきり「モーテ」のほうのネタバレもしてしまって恐縮なんですが、特にエラスムスの裏の真実を読んでその感覚に近しいものを感じる人であれば、「モーテ」のほうもすごくしっくりくると思います。
とりあえずこう、振り回されがちで引きこもりで愛が重くて根暗で純情な男が好きな方には絶対合います……。確信している……。
絵葉書とかのくだりもぼんやり思い起こさせられたり。
よく考えるとファタモルの正ヒロインとエラスムスの白い髪の娘とモーテの彼女はなんともなんともな共通点がありますね。ファタモルとエラスムスは狙っている節もありそうですが。うん。酷い目に合うという意味でこれ以上なくて、虚しく圧倒的な手法で、悔やしいですがフィクションとしては好きです。
遺伝子の運命
結局、遺伝子はどちらを選んだと言えるんでしょうか。やっぱりメルなんでしょうか。
もうね、これはファタモルでのヘタレメルを見かけていた補正もあるんですが、私圧倒的にミシェルを応援したい立場でして。ミシェルが何をしたっていうんだ!?(二回目)。
いやわかるんですよ、ミシェルはミシェルなりの救い方しかできなくてメルはメルなりの救い方をしたってことも、ミシェルに何一つ瑕疵が無いわけではないことも。
裏の真実のラストであえてメールを見せることで、「どうして」を叫ぶミシェルの答えがうっすらと読者に知らされるの、本当心を抉られて良い手法でしたよね……。
ミシェルが一度送信ボタンを押していたらきっと変わった話で、エラスムスの中に入り込む未来だってきっとあったはずで……。でもわかるんですよ。だってわかるよ、そんな形で受け入れられることがあの時のミシェルに受け入れられるはずがないことだって、痛いくらいに語られてしまっていたのでわかるし、あのミシェルにもっとやり方があっただろうと責め立てることなんてとても私はできないししたくなくて、でも確かにどこかにああならないためのやり方はあったはずだと信じたくって、ああーーーー!どうすれば!って感じです!上手いなあ!辛いなあ!好きです!!!良い話でした!!
それでね、読了後、私どうしても白い髪の娘がミシェルとメルどっちつかずだったのが納得いかなくって。気持ちが。
ミシェルのことを責め立てるのも、事情は、事情はわかるし一切言い訳しないミシェルのせいもありますが言い訳しないのは誤解を繰り返して疲弊したっていうのもあって板挟み(略)だから大事な人が二人って言うのが本当気になって、なので
つまり白い髪の娘が選んだのは誰だったんだっていうところが最後まで私の中の疑問として残っていたんです。
本編だけを切り出せば、ホワイトだけ切り取れば、メルを選んだときっと断言できます。
でもネージュは? ネージュも明らかにメルを選んだんだということであれば、あの、裏の真実ラストのネージュのメールが差し挟まれる意味は薄いと思うのです。ミシェルを選んだとは言い難いですが、揺らぐ要素はあったと思いたいんです。
もし、遺伝子の運命があったとして。
白い髪の娘の運命はメルに決まっていたのであれば、物語はもっと明快で、勧善懲悪論として本編だけで終わっていてしかるべきだとも思います。ミシェルに揺らぐことすらあり得ないかのように……。
だからこの作品は遺伝子の運命を謳いながら、その実、そんなもので定められないのが人の気持ちだと述べるために、メルとミシェルどちらとの未来も一応は想像できるような構成にしてあるのかなあとも思いました。でも!ミシェルが何をしたっていうんだ……何もしなかったからか……わかるけど……うぅ……(くだをまく)。
おろかものビッグサック
上記の考えを強固にするのが公式で公開されているSSのうちの一つ、「おろかものビッグサック」。big sookの意味は何をされても怒らない臆病者、作中でもあったとおり子牛、とのこと。
こちら側ではメルが笑顔ばかりの優男ではなく確かにどろどろとした気持ちを持っている、人間であることが描かれています。
ミシェルもメルも、両親から彼自身を見てもらえないという境遇で、二人が出会って明るく愚痴ってやってらんねーよなハハハで終わってたらいい悪友になってたのかもしれないんですよね。到底想像はつかないしそんなノリで話せるようなことであればいっそ救いだったんですが……ああ……八方ふさがりだよ本当……。好きだよ……。
このSSだと、「メルシって言われちゃった~」って息を吸うように誤魔化して良い男を演じる姿が本当辛くって、メルという人間の全てを表している気がして、好きでした。ここで白い髪の娘がね、違うでしょ、って言ってくれたらもしかするとメルは笑い続けなくて済んだのかもしれないけれど、白い髪の娘の優しさがそうさせてしまったことも、理解はできるので、本当に………色々な意味で辛くて好きでした。
ある夜のバーリーコーン
流れでもう一つのSS、「ある夜のバーリーコーン」も語っておきましょう。
まず挿絵、私、この絵柄めっちゃ好きなんです! 普段のファタモル絵柄に慣れているぶん驚きもしましたが、現代版の彼らはああいう雰囲気なのかなーというのが楽しめました。
Pixivでも公開されていたのでぺたぺた。
ミシェルの本当人を警戒させるやばい見たい目が見事に出ていて好きなのと、わしわしネインの表情がめちゃくちゃ好きなんです。あとコップそれかーいっていうとこ。
もう一方のほうも、アニメ調で目つきの悪い美形のお兄さんたちがタバコ吸っとるというそれだけでもう拝みたくなる絵面ですよね。ありがとうございます。
しまった思いのほか絵を熱く語ってしまった。物珍しいことにはつい文字を割きたくなりますね。肝心のストーリーは、ネイン視点で彼の根っこまで生えた恐怖とうんざり感が随所にみられるつくりです。また、先にエラスムスの裏の真実を読んでおくと、ネインがどこでミシェルの地雷を踏み抜いていっているのかがよく伝わってきてしんどいのでおススメです。ミシェルという男、本当に……。
もちろん、かわいいかわいいポーリーンのそういう面も楽しめます。
新キャラがカラッとした魅力を存分に見せてくれるので、そのぶんポーリーンの面が楽しめて良いですよね。そしてこの話が、ネインが霧の館に至るまでの原因なんですよね。きっと。
「頼んでもいないのに自分が誰と食事に出かけるのかを伝えてくる」というシーンがポーリーンを象徴してるなあと思いまして。
エラスムスのポーリーンは人の考え方や感覚において、私とあなた(誰か)を隔てるものは何一つなく地続きであるという感じを受けます。私が普通で当然のこと、おかしいのはみんなでしょ、合わせるのが正しいことでしょう? という感じ。で、ネリーと違ってその違和感に対しきゃあきゃあ喚くのではなく、じっとりとスマートにこなしてしまう。大人の女の子だなあと思います。
キャラクター
メイン3人は上記で語り、女中さんはなんというかまだ仮面をかぶっているので、そのほかのキャラについて。
ヤコポ・マリーア
ヤコポはわりとファタモルと共通な感じでしたよね。ファタモルの、臆病さゆえに大失敗するヤコポのヤンデレになりかけっぷりが大好きだったので、こちらでも不器用さが致命的な引き金になる感じが大いに出ていて楽しかったです。
マリーアはこう、形はどうあれ、全体像を掌握する立ち位置に立たされることの多いキャラなのでなおさら、ヤコポの不器用具合が引き立てられるなあと思いました。
ネイン・ポーリーン
ファタモルから入ったので私としてはもう「ポーリーン!?」ですよ。楽しかったです。私こういう一本外れた可愛い女の子と溶け合う化け物が好きなんです。ネインチャを明かすタイミングがもうたまりません。
ヤコポ達のイタリア語もそうですが、作中の用語を作中で解説して終わってくれるの、ものすごくありがたいなあと思います。余談。
ネインはファタモルから通して、どれが彼とも言い難い、性格の捉え難さがあり……それが彼なんだろうと思うところもあり……色んな役どころのできるキャラだなあと思います。
ネリー
相変わらず愛されて育って家族の枠組みにとらわれ続けるキャラで安心しました。ネリーの、良い意味でも悪い意味でも女の子らしいところがとても好きです。
メルを助け出したこともそうで。力量や致し方ない事情はさておくとしても、あえて偏りまくってる酷い見方をしたらネリーが彼だけを選んで生かしたと言えるわけじゃないですか。そういう、酷い見方もされうるくらいの嫌われ者になる可能性を秘めていてかつ、あの子は悪い子じゃないのって同情を買える境遇の子でもあるわけじゃないですか。
なんだろうなー、ネリーを見てると、ネリー自身の自分勝手さというよりその破天荒さをどう取るかという点を試されている気がして、すっごくもやもやしてじっと彼女を見つめちゃうんですよね。魔性の子だと思います。好きです。
語りたいところはこんな感じかな。
私もともと、ドッペルゲンガーとか成り代わりとかクローンとかそっくりハウスとか鏡の向こうと入れ替わるとかそういう、自己の連続性が危うくなっていく話が大好きなので、需要を満たしてもらえて嬉しかったです。
次はおやばけだー!