「まだあなたはあなたを獲得していない」
産声は個の獲得の証明である前置き。
えー、今回はTeToriapot/てとりさんところのフリーゲーム「かりそめドッペル」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
恋愛だったりそうじゃなかったりする、とにかく様々な感情と価値観を叩き込まれるノベルゲーム。それぞれ5編が格納されていて、ルートに入ってからは一本道。全部読み終えて数時間。
この作者様の作品はどれも世界観を共通としていますが、中でも『ばつえいビルッテ』をプレイしておくと、話がより分かりやすくなる……とは思いつつも!
個人的にはシリーズの中でこの『かりそめドッペル』が最もオススメしたい作品ですし、世界観の説明なども作中でされることが多いので、本作から入るのもアリだと思います!
というわけで、良かった点など。
選べる5つの物語
共通ルートは最小限に数分、そこから5つの物語にガッツリと分岐します。どの話もボリュームたっぷり! そしてお話の雰囲気もそれぞれガラッと違っていて、1作品で5本味わえる満足感でした~!
一方で、作中の文化・宗教・歴史はどっしりと濃い一本筋が通っています。だからこそ、本作がばらばらにならず、まさに字義通り、世界観を感じさせる一作品になっているんだなあと感じました。
自分は左から順番に読んでいきましたが……。なるほどこれは「どれから読んでもいい」というより「どれから読むかオススメするのがすごく難しい」だなと感じました。ネタバレを避けれなかったので追記に格納しましたが、少なくともこう、アトランダムな短編連作とはまた違った味わいのように思います。
不定形の主人公
主人公というか視点主というか。メインキャラクターであるソーサーはドッペルゲンガー、それも、「相手の理想を写し取る」ドッペルゲンガーです。
もうこの設定の時点でとても好みでして!!!
というのも私、刷り込みとかすり替えとか誰かを投射した依存とか、代替可能な関係とかレプリカとかそういう、アイデンティティがグラグラ揺さぶられる話大好きなんですよ~!
実際のところはソーサーがかなり利他的なので、アイデンティティに悩む展開は少なかったように思うのですが、そのぶん周りの人たちの思い悩みや問題点にガッツリ焦点が当たっていて、やっぱり楽しめました。
で、興味深いのはこのソーサーが普段は不定形であること。そのおかげで描写の文がものすごく面白いんですよ! 「今のソーサーは妖精らしいので視線が低い」とか「指だとソーサーが認識しているところは~」とかとか、それこそ自分がスライムみたいな不定形になってみないと書けないような面白い文章がぽんぽん出てくるんですよね! もうこれだけでもめちゃくちゃ、没入感のある文章でした。
斬新さだけでなく、それにともなう中身もしっかりある作品だと思います。
アクのあるキャラクター
純粋な“善人”はいません。というより、“善”の定義からまず深く考え込むことになるのが本作だと思います。
それぞれのキャラクターに色々と、いわゆるキャラ属性みたいなものが付与されてるんですが、この属性が絶妙に深いんですよ。物事の良い面だけじゃなくて、都合の悪いところとか、見ようによっては意地悪く取れるところとかを、きっちり突いてくる感じ。だからこそキャラクター像がどんどんはっきりして行って、かなりリアルに感じられます。
デザイン自体が多様なのも良いんですよね~。性別からして両性無性男性女性その他多種多様、種族もドワーフやら悪魔やらわんさかと、もちろん見た目も個性的。いや~、ここに世界が一つドンとご用意されてる感じがしてとても楽しかったです。
エログロ鬱も飛び出るよ!
お話の雰囲気がガラッと違う、と述べた通り、けっこうエグイ話も飛び出てきます。そして、そこが好きです。
いわゆるタブーとされがちな倫理観に切り込んでいくのが、本作の魅力だなあと思います。例えば性愛と恋愛は切り離せるものなのかとか、メンヘラって実は強かじゃないのかいやいや弱いから依存してるんだろ、とか。そこにたった一つの固定観念を叩きつけるのではなくて、多様な価値観があることを示したうえで、“このキャラクターは”この道を選びましたという結論を見せてくれます。ここに安心感がありましたね~!
単にぐちゃぐちゃにしたり心の闇を表現したりするだけなら、きっとすごく簡単なんですよ。でもそうじゃなくて、こう、作者様の価値観やデリケートな話題に対するスタンスに信頼のおける本作は、この簡単なことをものすごく丁寧に、誤解がないようにされてる印象があるんですよね。傷つけるだけではないというか、根本に他者への心地よい無関心と許容があるというか……。
なので、倫理的によろしくない話や、ウッと息を詰めそうになる生々しい感情の描写も、余計な杞憂をせず全力であるがままに読めたように思います。
作品を通じて信頼を感じさせてくれる作者様は良いなあ……。
このほかにも、各章のタイトルや、常に斜めで仕切られている画面デザイン、隅々まで快適なシステム面など語りたいところは多くありますが。肝心の各話の中身について、語っていたら一万字を突破しそうなので、いったん別記事に分けてしまおうと思います。
アングラな展開にも耐性があって、とにかく“世界”を堪能したり、色んな関係性と激重感情を観測したい方向けの最高ノベルでした。
ネタバレガッツリ感想記事はこっち↓
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