「登れば空気は薄くなり、下れば空気は汚れていく」
そしてちょうどよい場所は既に奪われている前置き。
えー、今回は稲海さんところのフリーゲーム「幸福の塔」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
エンド分岐有り、恋愛要素はなし、非人道的な行為やいじめ、文章だけのグロテスク表現あり。ファンタジー世界で務める子どもたちの話。粛々と世界の歪みを見届けるノベルゲーム。
今年(2021年)にプレイしたフリゲの中で一・二を争うレベルで好きです。
というわけで、良かった点など。
容赦なく静謐に綴るマルチバッドエンド
とにもかくにも、筆力です。
描写は生々しく、しかし読みやすく滑らかに、心の芯へサクリと差し込んでくるような文章が綴られています。
基本的には会話で進行していくんですが、このセリフ選びがまた絶妙なんですよ!
「ああ、そういう境遇だったらこう言っちゃうよなあ」「あのセリフはこういう根っこがあったからなんだなあ」そういう納得が一つ一つ積み重なっていくような感覚でした。
リアル調の絵柄
どういう感じと言えばいいのかな、絵柄がかなり写実的? リアルっぽい? です。
立ち絵形式ではなく、遠景と表情のみを使いこなしているところもまた良き。モブはすぐにそうとわかるし、シルエットしか見えない大人たちからはどことなく、腫れもの扱いを感じます。
ネタバレに抵触するので追記に伏せますが……特にメイン3人の子どもの顔つきが素晴らしい! 個性の出し方とはこういうところにあるんだなと改めて思わされました。
人物のみでなく、美しい建築物や画面ウィンドウの装飾など、全体的に中世?めいた雰囲気。濃い世界感を感じさせてくれるグラフィックでした。
生々しい感情の動き
追い詰められたときにふっと出てきてしまう悪意の表現がとても上手い作品だなと感じました。
別に、底意地の悪い話ではないんです。登場人物みんな、イジワルでもなく善人でもなく、ただただ普通の人達なんですよ。
でも、だからこそ、舞台設定が絶妙に上手い。否が応でも滲み出てしまう余裕のなさ、やってしまえと魔が射す気持ち、それらが出ざるをえない環境。
丁寧な下地作りによる地獄が形成されているなあとしみじみしました。とても苦しくて、響きます。
人間の心って、そう強くないんですよねえ……。悲しいほどに。
ちょっと独特のバッグログ
興味深いなーと思ったのは、バックログについて。
文章のみでなくグラフィックまでセットで見返せるので、シーンを丸ごと再上映されるような感覚です。私がプレイするタイプのノベルゲームは、テキスト部分だけ読み返せるようなシステムだったので、なおさら新鮮でした。
表情もノベルゲーにおけるポイントの一つだと思っているので、こういう仕様は素敵ですね~。
また、システムとは少し違いますが、BGMも注目したいポイント。よく聴くクラシックが讃美歌めいて、時に美しく、時に重く、時に畏ろしく響く……。
じっくりと余韻を味わえました。この世界観にぴったりです。
とまあ、こんな感じで。
閉鎖的な空間で追い詰められる子どもたち、救いとは何か考えたくなるストーリー、鬱展開が好きな方におススメです。
追記ではガッッッツリ長めにネタバレ感想。
ネタバレ注意!
本当に伏字なく全て書いてしまっているので、ご注意ください。
クリアした順番で述べていきます。
ユク
ユクの人物像として上手いのが、無自覚さ。純粋がゆえの鼻につく言い回しがたまに混ざってくるところ。
優しいし良い子だし報われて欲しいと願いたいのに、何故か、確かに、『あいつならやっていい』と思わせてしまう要素も感じる。うわあ……と頭を抱えました。えげつねえ……。
何がしんどいってユクは鏡なんですよね。ユクに悪気が無いのも痛いほどわかるからこそ、彼の言動を『ん?』と引っかかってしまう時、己の心の黒さに気付かされるという仕組み。
これ私が私を嫌いになっちゃうルートだなあと思いつつプレイしていたので、本編中でまさにその象徴たる鏡が出てきてウワーって叫びました。うわあ……。
どうしようもないのがねえ、ユクの態度が変わっちゃうことなんですよ。すんごい悲しかったし、当然のことだなと思った。よどみは下へ下へと溜まるものなので。
結局、人に優しくするっていうのは自分に余裕がないとできないことだと思うんですよね。金持ち喧嘩せずとはよく言ったもの。それは別にユクが悪いとか性悪説とかそういうんじゃなくて、私としてはなんかもう、人間の心ってそういう風にできてるんだろうなって半ば妥協してるんですけども。だから、その辺りの価値観と近いお話で、悲しい納得が込み上げました。
安心とも言えてしまうのかもしれないな。純粋無垢だったユクであっても、心身ともに汚れるし、汚されてなお清廉を保ち続けられるなんてことはないんだなって。
そしてこれに安心を欠片でも抱いてしまう自分の心黒さに嫌悪が膨らむという、いやあ、よくできてるルートですよねハイ……。鏡なんだよな。ああ……。
イキ
すごい苦しいのが、彼女、本当に寂しかったんだろうなあと思うんですよ。
まず表情から語りたいのですが、卑屈に下から眇めるような表情をしているチネ、夢見がちに遠くを見るユク、と並んだ時にイキはしっかり目を合わせてお話してくれるじゃないですか。
で、主人公だけじゃなくて、近くで作業してる子の癖とか状況とかもよく見てる。そしてイキの話しぶりから、工房の子たちは変わり者ぞろいで、和気あいあいと社交をするような雰囲気じゃないのも察せられる。
周りをよく見てる御世話焼きの子って、寂しいがゆえに隣立つ誰かを探している人でもあるようにも見えるんですよね……。せめて一人だけでも、裏で愚痴を言い合えるお友達が居たら、と思わずにはいられません。
いや、いたけどいなくなってしまったのかもしれないな……。
あの最期の言葉も、もちろん『逃げたい』が第一なんでしょうけど、それ以上に「一緒に」の比重が大きかったんじゃないかなあと思います。
終わり方がえげつないのも本ルートのポイントですよね。描写が生々しく文章力があるからこそ、なお刺さる。ここを日和らずにしっかりと書き切ってくれたところが私は本当に大好きです。痛みは、心に刺さらなければ痛みと言いがたいので。
女の子ならではの辱めにまで着目してるのも、痛くて好きです。救世主様のことを考えるとなおさら、妄執めいたものを感じて好きですね……。
イキだけでなく周りの子たちにフォーカスが当たっているのも苦しくて好きです。心の痛みは地獄の伝染病……。
このルートを読み終わって二週間ほど、彼女の刑をふとした時に思い出しては重たくなる日が続きました。こういう忘れがたい余韻が、私は本当に好きです。
チネ
とても隙なく完成された呪いの話だなあと思います、このルート。
チネを葬った彼が、例えば「俺は正しいことをした」と開き直れたのであればきっと、また違う方向に行くんだろうなあと思えたんですよ。でも、全く同じなんですよね。チネを思い出させるあの「誰にも言うな」の言葉、震えました。
チネが何度も強調していたように、例えあの報復の彼が“やりたくなくとも”きっと彼はチネに成り代わるんだろうなあと感じます。そういう、丁寧な呪いの話でした。
チネが最期に言った「お前も俺がわかるよ」がホント、ザクっときます。
これねえ、マジでチネの命をかけた祈りなんだと思う。呪いと一緒なんだけど、ここだけは祈りと言ってやりたいなあ。
正直チネルートのあの展開って予想がつかないじゃないですか。エピローグで語られるあの過去について。チネのことは誰にもわからない、狂人の理解などできるわけがない、みたいな感じがするんですよね。だからこそ、誰かにわかってほしい。祈り。
チネは「狂っていないと言ってくれ」と求めていましたが、正直狂っていると言われることでもチネは救われたと思うんですよ。このルートは、『自分でもどうにもできないこの狂気に誰か終わりをつけてくれ』という話だったと私は思っているので。
なので、『じゃあチネは終わらせられるけど、どうにもならないものがただ死ぬだけで終われるわけがないよね』という結論になり。チネが死んでも、暴力と狂気だけは独り歩きしていく、そんな印象が残りました。いっぺんシステムが構築されてスタートしちゃったらスタートボタンを押す人はいなくなってもずっとそのシステムは回り続けるんだよなあ……。
降伏の塔
ノーマルエンド?
どこにも当てはまらない場合の消極的エンドの位置づけだとは思うのですが。この、個々人にどんな悲劇があろうと、広いスケールで見れば全てがちり芥で、日々は当然のように回り続ける感じが、皮肉だなあと思います。内側がどうなっていようとシステムが続くというのは、綺麗に完成されていると言えるのかもしれません。
幸福の塔
美しいだけではなく、歪みだけでもない、という帰結がとても好きです。
あのエンドで現れる鮮やかな太陽は確かに、美しいんですよ。そして美しいと思ってしまったからには、何をどう述べようと、一切反論ができないんですよね。
ひたすらに苦しくつらい展開が続くマルチバッドエンドでしたが、そのぶん、ここに至った瞬間のカタルシスがすさまじかったです。昇華ってこういうことだな……。
救世主様が想像以上のことをやらかしていたり、主人公の正体がとんでもなかったり、物語としても色々謎が解けてすっきりはするんですが。そういう頭で感じるスッキリよりも、視覚と文章とでぶん殴られる感じの方が強かったように思います。
この、どうしようもない世界こそが、神の国。
私は救いだなあと思いましたが、最後の最後まで絶望を叩きつけやがってという考え方もできそうだなあと思います。
いずれにせよ、心を搔きむしるであろうことは確かです。響く、エンドでした……。
主人公について
読みながら色々考えていたプレイヤーの方も多いのではないでしょうか。予想とどれだけ違うのか、気になるな~! 感想を読み漁りたくなる作品はなべて良作の法則。
私の初めの予想は、神。
私はユクルートから入ったので、静かに寄り添う主人公≒全てを見守る優しい神的な存在かなーと思っていたんですが。イキルートで「あっ絶対違うなこれ」となりました。
“見守る”じゃなくて“観察”だなと感じたんですよね。
で、次の予想が、カカシ。
無口主人公とか、プレイヤーの分身とか、そういうものですらない感じの。それこそトゥルーエンドで何かしら起こったとしたら、エピローグで主人公の身体がカシャンと崩れて、「なあアイツそういや見ないな」「ああ……」みたいな噂話が差し挟まるみたいな……。そういうのを想像していました。
いやあ。
実情はもっと、すさまじいものでしたね!!
そこで出てきてしまうんだ!?という驚きがまさに救世主様とシンクロ。ああなるからこそ、エンドの壮大な開放感と説得力につながったんだろうなあとも思います。
いつだって圧倒的な上位存在に潰されかねない、でもそうされない、だからこそまだ生き延びてしまっている我々はこれからも生きねばならない、そういうような。
好奇心で動く、というところにも、圧倒的な雲の上を感じました。
まとめると、どのエンドが好きとかいった話より、この作品全体の世界観や思想を愛せるかみたいな話になるのかなと思います。
そして、私はこの美しい作品が、とても好きです。