「音がする、周期的に、粘着質に、呪いのように、魔法のように」
水音は妙に落ち着く気がする前置き。
えー、今回はハラワリさんところのフリーゲーム「忘却の沼」の感想をつらつら書きますね。一部レビューっぽいかも。
エンド分岐ありの短編BLノベル。公式には「しんみり」とありますが、個人的には「じっとり」と感じます。
タイトル通り、作品の印象はまさに沼。曲で言うとアンビエントな雰囲気。暗く、どこまでも持っていかれそうになる没入感を楽しめました。
というわけで、良かった点など。
隠喩が光る選択肢
特徴的なのは、エンド分岐が絵本のあらすじで決まる点です。選択肢といえば誰かに対する応答や主人公の反応を選ぶものが多いと思うんですが、本作はそうじゃない。登場人物のダイレクトな反応がわからないぶん、選択肢の影響が最後まで読めなくて、先行き暗黒の不安定さを心行くまで楽しめました。
けっこうメタ的というか、全クリしてから改めて選択肢を思い返すと「あ~……」って声が思わず漏れちゃうんですよね。わかる。でもプレイ中はわからない。ここが楽し有ったです。心赴くまま正直に選ぶと自然とBAD→GOOD回収に辿り着けたのもあって、上手いな~と感じました。
少し動く、だから不気味な絵本
隠喩たっぷりの絵本のシーン、日常を過ごす現実のシーン、幼少期の回想シーン、これら3つが交差しつつ本編は進行して行きます。
この絵本のシーンがすごく好きでした!!
絵本と言うとメルヘンなイメージがまず浮かぶ私ですが、本作の絵本は不可解で不気味な側面が強いです。こう、あるじゃないですか、やわらかい筆致で何でもありの世界観でふんわりと残酷なことが起こってるタイプの絵本。あれです。
画面自体はとてもシンプルなんですよ。シルエット中心で、黒基調で、淡々と進む感じ。画面上部ではムービーちっくな演出がされますが、動き自体はそう激しくもありません。
だからこそ不気味なんです!
私、うさぎが笑うシーンで本当に肝が冷えました。もう、あの、静かさの中で一滴、ビタンと悪意を塗り込める感じがすごく恐ろしくて………いや本当に画面上はシンプルなんですけど、だからこそ怖かったです。
ぬまが純朴そうに描かれているから、なおさら行いや絵本自体の不気味さが際立って素敵でした。
絶妙に異質として描かれている主人公
主人公は変わり者です。ですが、普通の人です。矛盾しているとわかっちゃいますが本当にプレイするとこんな感じに思えるんですよ……。
別に異常者ってわけじゃないんですよね。ちょっと好きなものが変わってるだけで、奇行に至る思考の流れはきちんと回想シーンで描写されますし、周りに馴染んでいて、気負うところも感じられないですし。
だから、「あれっ」と感じる描写が目立つとも言えるんですが。
この「あれっ」について、序盤に出てくるハンバーガーの食べ残しの話がすごく絶妙だと思うんですね。嫌いなものをぺってしちゃうのって、いくら同席者がオーケーしてもかなり異質というか、抵抗感のあることだと思うんですよ。で、情景描写などからもそこらへんのいわゆる……生理的嫌悪感みたいな……部分をしっかり認識したうえで描かれているように感じます。
その辺の境界線が薄い、マズイ一線を踏んじゃうけど本人にはどうも理解しづらい感じ。主人公視点で書いているのに、この客観的なヤバさが伝わってくるのは本当巧みだと思います。わりと“いそう”なリアル感が心底すごいなー、なんて。
どろりと濁ったアートワーク
グラフィック面に話が戻りますが、ホラーと思い違いそうなタイトル画面、シーン切り替えに挟まる章名のカットインなどなど、アイキャッチ?も素敵でした。文字だけでここまで雰囲気って出せるものなんですね……。
メッセージウィンドウ自体は小奇麗で、立ち絵もないシンプルな画面構成だからこそ、区切りに出てくる画像の数々に心をザワッとさせられます。好きです。
SEやウェイトはかなり重めですが、特にタイトル画面のあの暴れるようなSEの使い方は巧みでした。いやまさか、あの場で同じ音が聞けるとはね……。何度も繰り返される「ボチャン、と おとをたてました」のテキストもそうですが、あちこちにこういったリピートの演出が組まれていてとても印象に残りました。鳥肌モノ。
とまあ、こんな感じで。
最後に未プレイの方への前置きとして、虫の描写が出てきます。シルエット表示だけですが、文章はわりとざわっとする部分もあります。ですが、この嫌悪感を煽る描写があってこそのこの主人公だと思うので、いけそうなら是非読んで欲しい気持ちです。
追記ではネタバレ感想少しだけ。
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ネタバレ注意。
本作はメイン二人の他にもいくつか人名が出てきます。ですが、元々登場人物が全員知り合い同士なのもあって、プレイヤーいわゆるキャラ的な口調分けが無いのもあって、中盤辺りまでけっこう誰が誰かわからなくなりかけました。そんなわけで途中までは逆に苦手意識があったんですが……。
グッドエンドで大反転、とても好きになりました!
うわごとみたいに一言二言「いもむし」「唇」と出るだけの、あれがものすごく好きだったんです……。ああつまり、あの大学仲間さんについては友人どころか一個人としての認識すら希薄というか、実質どうでもよかったんだなって。篤雄を手に入れたら、どうでもよくなったんだなって。そう思えるところが好きでした……。
そういうのもあってやっぱりGOODエンドが好きですね! 篤雄にも仁司のような、普通の人なんだけど異質な点があるんだって感じさせられる描写の仕方がめちゃくちゃ響きました。
あと、またハンバーガーのシーンの話をしますが、あれ見ようによっては子どもがえりして甘えてるっぽく見えるところも好きなんですよ……!
後になってみると、あのシーンで篤雄がドン引きしてみせたのはその実、「わかりやすい」主人公が「かわいい」からだったのかも。うろたえるのがかわいい、みたいな。ひっそり喉を鳴らしてたんだとしたらもうたまりませんね。
一方でバッドエンド、こちらもこちらで趣深くて良かったです。
特に印象的だったのは、たったあれだけのことが引き金で「ごぼごぼ」に至ったところ。それまで、共感しづらいなりに回想シーンなどの補足によって理解はできていた仁司のことが、致命的なまでに手を離れた瞬間でした。
口枷の準備といい、事前に色々と用意はしてきたんだろうと思いますし、そういうシーンをプレイヤーに見せないことでより異質さが際立っているところも好きです。
あと、生き返らそうと試みるところも凄まじかったですね。
ここで本気で仁司が理解できなくなりました。
GOODを経由すると納得できるところはあるんですが、初プレイ時はただひたすらに動揺していた覚えがあります。こういう描かれ方がめちゃくちゃ好きでした。
雰囲気作り、と一言で片づけるのはもったいないけど、本当に雰囲気作りが上手いんですよね……。ざわざわした感情がずっと残り続ける、良作でした。